JRAには金を預けているだけ!

競馬日記。主に3連単フォーメーション

どうでもいいや君

僕がキチガイ女から逃げ出しまた実家に戻ってきた頃僕はそれまで働いていた品川のコーヒー屋の仕事を辞めて銀座のハンバーガー屋で働き始めていた。ハンバーガー屋は個人経営店でオーナーの「ヤジマさん」は写真が趣味だと言っており自分で撮ったニューヨークの写真を額縁に入れて自分の店に飾っていた、写真学校を卒業したてだった僕は結構ヤジマさんに気に入って貰っていた(と思う)。

店は数寄屋橋交差点にある銀座ファイブと云う商業施設の地下1階にあり、僕は家から「志村三丁目」と云う駅まで30分歩きそこから三田線に乗り日比谷まで行きそこからまた10分程歩いて店へ通っていた、即ち片道40分往復で80分僕は歩いていた。そもそも「志村三丁目」駅は最寄駅では無かった、しかしわざわざ30分かけて歩いていたのはただ単に電車賃を浮かせたいが為だった。

ハンバーガー屋は二人掛けのテーブルが十個程の小さな店でランチの売り上げがメインのような店だった、朝店に行くとテイクアウト用の菓子の仕込みをしながらハンバーガーの仕込みをする、ランチの時間はオーナーともう一人と僕の3人で店を回しランチが終わるとヒマな店を回しながら翌日の仕込みや発注をすると云った緩い仕事だった。オーナーのヤジマさんは忙しい時は店を手伝ってくれたが殆どの時間は店のカウンターでパソコンを広げアイスラテを飲んでおり夕方になるとぷらっと何処かへ行ってしまっていた、どうやらヤジマさんは写真が趣味だったようにハンバーガー屋も趣味でやっているようだった。

「夜にお酒が飲めてハンバーガーの美味しい店が僕のやりたい店。でも、僕お酒一切飲めないからクリハシ君お酒考えて。」

ロコモコをランチで出したいからクリハシ君今度ロコモコ作って。」

「カレーバーガーやりたいからクリハシ君カレー作って持ってきて。」

ヤジマさんはいつも突然突拍子も無い事を言い出した、そして僕はその度にイロイロ考えて作って持って行った、ある日究極的に美味いカレーが出来た事がありヤジマさんに食わせた所「美味い!レシピは?」と、大絶賛されたので日を改めて店で同じ様にカレーを作ったのだが再びその味のカレーを作る事は出来なかった、あのひよこ豆とひき肉のカレーは僕の人生中でも一番美味く作れたカレーだったのだが、結局それから一度も作れていない幻のカレーになってしまった。

店は20時も過ぎれば殆ど客足は途絶えていた、たまに上にあるアパレルのおねーさんが休憩時間にお茶しに来たり仕事帰りのサラリーマンが土産にと菓子を買って帰る程度の忙しさだった、僕はいつも夜になると自分の賄いにとハンバーガーを作って食っていた、しかし毎日ハンバーガーばっか食ってても飽きてしまうので家からトッピングを持って来てはソレを使ったオリジナルバーガーを作って食っていた、一度安易な考えで納豆をトッピングした事があったのだが最悪だった、温まり匂いの増した納豆はパティとの相性は最悪だ、何より納豆の自己主張の強さ!マズイ!マズすぎる!と、云った具合に一人で賄いライフを楽しんでいた。そして店の片付けを終えると帰りにはテイクアウト用のデカイプラカップコアントローをダブルにしたコアントロートニックを作りストローでチューチューしながらホロ酔い気分で電車に揺られて帰路につくのが日課になっていた、そして最寄りの最寄りでは無い駅に着くと又、そこから30分程歩くのだが毎日同じ道を歩くのが嫌いだった僕は、いつもどこか帰り路を変化させて夜の街をあっちにフラフラこっちにフラフラと云った具合に歩いて帰っていた。

晩秋の頃だったと思う、夜になって強くなった冷たい風が頬を叩き僕の目は薄っすらと涙目になる、僕はその日まだ当時建設途中だった環八の工事現場の横を通り抜け地元にある公園の中を歩いていた。小学生の頃よく遊んだその公園は山を切り拓いた斜面に作られており小さな滝とアスレチックがあったので当時の僕らからは「アスレチック公園」と呼ばれ親しまれてきた所だった、しかし僕らが遊んでいた頃にあった危なそうな遊具は今はなくなり何の思い出もない目新しい安全そうな遊具が並ぶ「昔アスレチックがあった公園」になってしまっていた、子供達は勿論いない夜の11時はとっくに過ぎている、寒過ぎるからだろうか?青姦カップルもいない、つい先日まであんだけ鳴いていた虫達も一体何処へ行ってしまったのだろうか?「蟻とキリギリス」のキリギリスよろしく空腹に困りじっとしているのだろうか?ただ暴力的な冷たい風だけが僕の目を潤ませる為だけにゴーゴーと吹いている、僕は宮沢賢治の「虔十公園林」の虔十が自分の植えた杉林の中でただ一人はぁはぁと言いながら立っているシーンが脳裏に浮かぶ、そんな気分だった。側から見ればただ阿保そうな男が公園をウロついている、それだけのことなのだが。

公園の斜面を登り少し開けた所へ出るとそこにターザンロープがあった、ターザンロープとは滑車のついたロープにしがみつきガーっと下って行くあれだ、ターザンロープは確か僕が子供の頃にもそこにあった、しかし今僕の目の前にあるターザンロープは当時僕が遊んでいたものではない、その目新しいターザンロープには滑車から伸びるロープの下側に黄色いプラスチック製であろう球体が付いており公園の保安燈がその樹脂製のビビットな黄色を照らしている。そして僕はそのビビットな黄色い球体に乗りターザンロープを満喫した、ガーガーとターザンロープの滑車の音が公園に響く、もしも僕が笑い声でも上げていたら事案になっていただろうしそれは確かに笑い声を上げそうな程には楽しかった、しかし僕は大人だから一切声は発さず黙ってターザンロープを満喫した。二回目のターザンロープを満喫し三回目をやろうかどうか考えていると僕の右耳の方で誰かが囁いた、

「どうでもいいだろ」

「誰!」僕は驚きながら右側に視線を送る、しかし僕の眼に映るのは保安燈に照らされているビビットな黄色い球体だけだ、そしてソレは僕が今し方満喫した為にユラユラと揺れている。僕はそのビビットな黄色い球体の揺らめきがエントロピー増大の法則に従いゆっくりと静止して行くのを確認する、「大丈夫だ、この世界は正常だ。」そんな事を考えていると今度は頭の上の方で誰かが囁いた、

「どうでもいいだろ」

僕は咄嗟に自分の頭上の方へ目をやる、強い風のせいか星がいつもより瞬いて見えた、そして僕はその星の瞬きを見ながら呟いた、

「どうでもいいやナァ」

そうして僕は三回目のターザンロープをする事なく帰路についた。

 

その日以来ぼくは一番最短の道を選んで家へ帰るようになっていた、賄いのトッピングを愉しむ行為もやめた、当時付き合い始めていた「ナオちゃん」への連絡も一か月程滞っていた頃ナオちゃんを紹介してくれた「ウチダ」に呼び出された、ウチダと僕は中学、高校の同級生でウチダとナオちゃんは大学の同級生だった。

「全然連絡くれないってナオちゃんに相談されたんだけど?」ウチダは少し怒っていたように感じたが僕はそんな事はどうでもいいので

「どうでもいいやクンに取り憑かれた。ほっといてくれ。」

と、言った。

「ドウデモイイヤクン?何ソレ?」

池袋駅地下のアゼリアロードに寝そべっている家の無いオジサンを見るような目でウチダが僕を見る。そうだ、どうでもいいやクンに取り憑かれたらどうしようもないのだ!「どうでもいいや君」中々良いネーミングだな、とか頭の中で考えていると

「兎に角一回連絡して。」

と、ウチダは強めの口調で言いっ放し去っていった。

そのまま僕はどうでもいいやと年を越しナオちゃんにも連絡を取らないまま季節は春を迎えていた、どうでもいいや君は盟友だ、その姿は見えないがいつも僕の側に寄り添い何か思考を働かそうとすると「どうでもいいだろ」と、囁き僕を思考停止と云う水が溜まった大きな壺の中へ突き落とす、突き落とされた僕は暗い壺の底で思考停止と云う水に体を浮かべて漂うのだ、上部から壺の口環の形で外界の明かりが差し込む、だが外界の喧騒まではここまでは届かない、そこは静かでヌルい僕にとって素晴らしく心地の良い場所だった。

その日は珍しく夕方までのシフトだったので僕は17時に仕事を終えると店から地下鉄の駅に向かう為に一旦地上へ出た、朝からずうっと地下にいた僕の眼に春光は眩しく堪らず目を細めた、日中は結構熱かったのだろう、未だ気温は高く僕は今し方羽織ったばかりの小豆色のジャージーをまた脱ぐ羽目になった。帰宅ラッシュにはまだ早いらしく地下鉄は程好く空いており僕は車両の出入り口の脇をキープすると手摺の上部に肩甲骨の横側をグリグリと当て悦に浸っていた、しかし地下鉄は巣鴨駅に着くと山手線からの乗り換えだろうか沢山の人が乗車してきて快適だった車内が一気に混雑した、そして僕の目前に女性が立つと扉は閉まり地下鉄は再び走り出す、そして僕は瞬間で今し方乗ってきた眼前の女性に目を奪われていた、デニム生地の短パンから程好い肉付きの脚が露出しているのを一瞥し横顔を眺める、クリクリとした垂れ目に厚ぼったい唇、石原さとみをダウングレードしたような横顔は美しいと云うよりはかわいいと云った風情だ、そしてその口元からさらに視線を下げる、白いタンクトップにねずみ色のカーディガンを羽織っている女性の胸元に一筋の谷間を確認する「素晴らしい!」その渓谷はグランドキャニオンより美しいもはや世界遺産だ!そして僕はその女性を視姦しようとする、

「どうでもいいだろ」

彼がいつものように僕の耳元で囁いた、しかし僕は「どうでもよくない!」と、初めて彼に反抗した、そして僕は彼を無視し存分に女性を視姦したのだ。

地下鉄三田線は「志村三丁目」駅の手前で地上にでる、遠くマンション群の稜線に夕日が落ちかけており緋色の明かりが一斉に車内に溢れその美しい胸の渓谷を照らす、何というクライマックスだ「ハラショー!!」世界は素晴らしい!名も知らぬ女性よありがとう、と僕は心の中で礼を言うと電車を降り帰路についた。 

 

その日以来僕の耳元で

「どうでもいいだろ」

と囁かれる事は無くなった、「どうでもよくない!」と声を上げ無視した事に腹を立て去って行ってしまったのだろうか?そんな事はもう一切解らないが何となく彼にはまた会えるような気がする、もし僕がまた彼に会いたくなったらコアントロートニックを持ってあのアスレチック公園のターザンロープでも満喫しにいこう、今度は僕が彼に胸の谷間の素晴らしさを説かなくては。

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