JRAには金を預けているだけ!

競馬日記。主に3連単フォーメーション

高知競馬行ってきた

「来年は高知競馬行くぞ!」

前年の社員旅行で鳥取に行った際帰り際に社長はそう云った、確か旅行中に携帯電話でポチポチ買っていた夜さ恋ナイターで散々やられた挙句ファイナルレースで10万馬券を目の当たりにさせられたせいで火が着いたのだと思う。

そして一年と云う月日の流れのなんと早い事だろうか!翌年2019年十月某日18:00僕達は高知競馬場の入場ゲートの前に立っていた。

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1990年代後半から2000年代初頭全国にあった地方競馬場はかなりの苦境に立たされていた、南関東アブクマポーロと云う強い競走馬がいた頃高校生だった僕は部活が終わると競馬好きの同輩と共に繁々と大井競馬場へ赴いていた、そのアブクマポーロと岩手のメイセイオペラが走った帝王賞ではぎゅうぎゅうの人混みの中ゴール番の前でメイセイオペラが差されて馬券がゴミ屑になるのを、12月の冬休みに行った平日昼間の平場のレースでは頭で買っていた堀千亜樹が閑散としたゴール前100メートルの所でいきなり落馬したのを目の当たりにしていた程度に地方競馬ファンだった僕達ですら

「益田競馬が廃止になるらしい。」

とか

「北関東の競馬がなくなるらしい。」

などと云う噂話を耳にするほど地方競馬は衰退の一途をたどっていたのだった。

実際当時鳥取に親戚のあった先輩が叔父に連れられて益田競馬場に行き単勝馬券を1000円買おうとしたところ叔父に

「そんな馬券一票も売れちょらんだけん、100円だけこうちょったらいいダニー。」

と、言われた程競馬場場が閑散としていたのだと笑い話の様に語ってくれたその後直ぐ益田競馬は廃止になってしまったしさらに数年後には北関東の競馬場も全て無くなってしまったのだから地方競馬と云うものが今後絶滅していくコンテンツなのかもしれないというイメージは当時の世間の共通認識だったように思う。

同様に高知競馬も常に廃止の噂が囁かれていたのだが空前の「ハルウララ」ブームによる延命と2000年台後半から急激に普及したネット競馬とスマホの恩恵により急速に売り上げが伸び今では低迷期の10倍以上を売り上げ、一時1着賞金が135万円まで落ち込んだ年末の高知県知事賞は2018年には1着賞金500万円になり昨年末には800万円になったと云う明るいニュースを聞くに触れると廃止に追い込まれた数多の競馬場もあと数年踏ん張っていたらなぁと感慨深く思ったりもするのだった。

 

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競馬場の入場ゲートをくぐりダートコースを右手に見ながら100メートル程歩くとボロの3階建てのスタンドがあらわれる、今や超絶儲かっているはずの高知競馬だが場内は意外なほど閑散としておりそのさみしく佇まうスタンドの冷たいコンクリートに時折こだまするケタケタと笑う子供たちの声に何とも言えない郷愁の念を抱きながら僕たちはスタンドの奥にある高知競馬管理事務所へと向かった。管理事務所受付で座っていた男性職員に今日のレースに協賛している旨を伝えると僕たちはその男性職員に連れられてスタンドの最上階にある特別観覧質へ案内された、今回僕達は折角高知競馬まで行くのだからと協賛レースに申し込んでいたのだった。

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特別観覧室と云うその部屋には大小のモニターと椅子に長テーブル、それと2、3人が掛けれるソファーが対になっておりそのソファーに挟まれて置いてあるローテーブルの上に高知競馬の新聞が人数分置かれていた。僕はその競馬新聞を一部手にするや否やたった今案内された道を引き返しビールを求め一階のスタンドで売店を探したのだった、スタンドへ降りると先程感じた何とも言えない郷愁の念は一層色濃く漂い僕はなんとも言い難い物悲気分になりながら売店を探す、パドックの横で先程ケタケタとこだませていた笑い声の主らしい若い二組の母子のグループが馬も見ずに井戸端会議をしているその先に僕はつげ義春の漫画で石でも売っていそうなボロの売店を一件発見すると、これまたつげ義春の漫画から抜け出てきた様な風体のやる気のない中年のおばちゃんにモツ串と缶ビール求めると閑散としたパドックを眺めた。グリグリの一番人気の7番を1着軸に気配の良かった1番と2番を2着付けにした三連単馬単を小額購入するとスタンドを抜けゴール前の椅子に腰掛け大して旨くないモツ串をグニュグニュと噛みしめ缶ビールで流し込み曇天の夜空を舞う生暖かい風に頬を撫でられながらレースを待っていると遂に僕は「この世にある天国ってきっと高知競馬だなー」と云う真理に気付いてしまった。

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レースはグリグリの7番が逃げると直線で後続をちぎり大差で入線すると番手で先行した2番がふらふらになりながらゴールを目指す、ゴール前で派手な花柄のワンピースを着た初老の女が「そのまま!そのまま〜!」と、絶叫するキチな姿に僕が目を奪われていると後続から追い込んできた9番を半馬身ほど凌ぎ2番が2着に入線した。僕は三連単馬単を的中させると3万弱程の配当を手にした、その後も花柄ワンピースの初老の女はレース毎に「そのまま!そのまま〜!」と、絶叫を繰り返していただが恐らく馬券など買っておらずただただゴール前で毎回絶叫を繰り返す高知競馬の名物バァさんなんだろうなと認識したのだった。

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その後特別観覧室に戻り高知競馬名物ファイナルレースを堪能していると旅行に同行していたミウラ君が「当たった。」とボソッと呟いた、彼の手にある馬券を見ると三連単を2点買っており的中馬券を2000円分持っていたのだった。僕たちはその後レースが確定し払い戻し金を確認すると管理事務所受付に挨拶をし払い戻しをして帰ろうと云う事になったのだがいざスタンドの一階に降りてみると場内はひっそりと誰もおらず券売機は既に全て閉鎖されていたのだった、明日の朝には四万十まで移動する僕等は今換金しなければ当たり馬券もただの紙屑になってしまうため入り口付近にいた警備員を見つけ事情を話すと競馬場の職員を一人呼んでもらいなんとかみんな換金する事ができたのだった。

 

数時間前に入場したゲートをくぐり競馬場を後にすると駐車場に僕等が乗ってきた車が二台だけがポツンと止まっている、駐車場の出口では先ほどの警備員が

「早く帰れよ!」

と、言わんばかりに駐車場出口を封鎖するチエーンを持って待機してるのだった。

地方競馬の売り上げが伸びていると云う割には場末感漂う高知競馬を目の当たりのした今回の旅で僕は改めてインターネットとスマホの偉大さを感じた。NRAはナム・ジュン・パイクスティーブ・ジョブズを直ちに表彰すべきだろう。